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【98】かなしいねことふたりごと

「かなしいねことふたりごと」

もう、お別れなの?

もう、さよならなの?

あなたは何を話そうとしているの?最後に何を伝えたいの?

あなたの全身は冷たくなり、私はあなたを抱きしめながらあたため続けた。

そんな私を腕の中であなたは私の瞳を見続けている。声を上げるわけではない。身体が動くわけではない。ただ、静かに息をして何かを見つめ続けているあなた。大きな黒い瞳のまわりに涙が見える。

あなたは今、何を考えているの?ねえ、ねえ、本当にもうお別れなの?私はあなたの細くなった身体を摩り続けた。

そう、もうすぐお別れよ。

そう、もうすぐさよなら…。

わたしはあなたに拾われてからとても長い時間が経ちましたね。もう二〇年を過ぎましたよ。あのときのわたしは小さな子どもだった。何もわからないわたしは何もかもが怖くて、恐ろしくて、一人ぼっちでした。たしか暗闇の冷たい雨の中で震えるわたしを見つけてくれて、お風呂場で身体を洗ってくれて、あなたは怯えるわたしを温めてくれたのを想い出します。わたしはお父さんの顔もお母さんの顔も兄弟姉妹の顔も知りません。

わたしは捨てられた、とても小さなこどもでした。

こんなに長い間、長い時間あなたを見続けてきたときがあったでしょうか?あなたはまだ息をしていて生き続けている。やっとの思いで病院に連れて行ったのに相手にされず、診てももらえず返された…。今はその病院を恨むことはないわ。それだけ歳を取ってしまった。でも、それでもまだ生きていてほしい…。 それって私の我儘なのですか?

私は二〇年前と同じ、あなたを温めながら抱きしめてあげることしかできない。反応のない手足、水さえも口にできないあなた。これが本当に最後なの…。

そう、最後よ。

そう、もうすぐ、あと少しでさよなら…。

わたしが子どもの頃、あなたはお姉さんでしたね。

あなたはわたしのことを本当の妹のようにしてくれましたね。

わたしは少しばかり大きくなると赤ちゃんのような抱っこを嫌いました。だって、赤ちゃんから妹になり、いつのまにかあなたと同級生に追いつくのですから。

人間の一年は私には五年。二年は一〇年だから人間年齢にすると一〇歳ね。

わたしはあなたの姉になり、一〇年であなたの母となり、二〇年であなたのお婆ちゃんになったのよ。

わたしはあなたの子どもとなって、友だちとなり、姉となり、母となり、お婆ちゃんとなる。とても、とても素敵な人生だったよ。

わたしはあなたを毎朝、大きな声を出して起こし続けましたね。あなたが仕事にでかけるとわたしはあなたが帰るのを待ち続けたわ。今日も無事でよかったとかみさまに感謝したわ。あなたが病気で苦しんだり、何かで悩んでいればすぐにわかる、だからわたしはあなたに絡み付くの。

だってね、あなたが悲しむことはわたしも悲しいことだからね。

私には妹も姉もいない。それにまだ結婚などもしたことがない。でも、あなたという赤ちゃんの世話をして、妹となり友だちとなり、お姉さんとなり、母となった。人は長生きしたね、というけれど私からみればわずかな二〇年間、とても短い人生です。私の人生の中で生まれて初めて出会ったあなた。知らず知らずに支えられて、助けられて、守られて、楽しませてくれて、たくさんの思い出だけを残してくれて、これからの人生にあなたの代わりなどいません。

そうよ、わたしだって同じよ。もっともっとあなたといたかったし、あなたが幸せな結婚をしてあなたの本当の赤ちゃんにご挨拶もしたかったわ。わたしだってあなたの代わりなどこの世にはないわ…。でもね、わたしのお役目はあなたが早く元気になること、あなたが幸せになることよ。

だってね、わたしはあなたと出会えて幸せだったからね。あなたに抱かれて育ったことは忘れていないわ。あなたは気づかなかったかもしれないけれど、わたしはおばあちゃんになってからあなたの寝顔をずうっと見つめながら話しかけ続けたわ。ときにはなめたり、息を吹きかけたり、布団の中に潜り込んだり、上に乗っかったりといたずらもしたわ。

あなたの布団や洋服が毛だらけになるくらいわたしの匂いを刷り込んだのよ。同時にあなたの匂いがわたしの身体に染みつくのよ。だからね、一人でも寂しくはなかったわ。

あなたはわたしの人生のすべて、私に素晴らしい人生をくれたあなたとの生活。こんな素敵な生き方はないわ。幸せって好きな人と暮らすこと、一緒に生き続けること。人も動物も同じだわ。

楽しかったわ。

お別れのときが来た…。

さよならの時間が過ぎた…。

私はこの瞬間、この時間が止まって欲しいとかみさまに祈った。もう、心音も息もしない。時間が経つと身体全身があっという間に冷たくなった。本当のお別れなのね。本当にこの世からあなたがいなくなる。信じられない、信じない、でも信じざる、得ない。私が最後にできることは身体を拭いてあげて、きれいにして、小さな段ボールに入れて、その箱の中をお花いっぱいにして、何の反応もないあなたの手を握る。数日前は必ず握り返してくれたのに、もう握り返してはくれない。

あなたは私の人生のすべて、私はあなたと出会うことで素晴らしい人生をいただいた気がする。人生そのものの大切さもいのちの尊さ、人も動物もまるで同じ、私はあなたと同じような生き方をするわ。こんなにも素晴らしい想い出を残してくれたのだからね。

とても楽しかった、幸せだったね…。

あなたの名前はblack(玄・くろ)と名付けました。黒は天の色といわれています。昔から黒色は不吉な色ともいわれて黒い猫を嫌う人が多くいましたが、本当は天からの妖精のことをいいます。

また、白色は誕生を意味しますが、黒色はまだ生まれていない状態「未分化状態」「原初の本能」を意味します。  白色と黒色の共通のストーリーは「始まりがあれば終わりがある」というものであり、白色も黒色も始まりと終わりを表し、終わりは新たな始まりを意味します。そのため白色と黒色は共に「新生」の意味を持っています。

私はその美しい大きな瞳と黒色に心を惹かれていました。

 あなたと私はまたはじまるのですね、きっと。

 ありがとう、ありがとね。

これからも私の記憶には過去にも現在も未来にも生き続けています。

いつまでも一緒だね。

いのちとはなに?

寿命ってなに?

なぜこの世界には別れがあるのでしょう?

何のために別れなければならないのでしょう?

しかし、誰もが平等に生まれ、誰もがこの世を去って行きます。それは子どもでも若くとも、年老いても同じ、誰もがこの世と別れを告げていきますね。

「よく言われるが、親を亡くすと『過去』を失い、配偶者を失くすと『現在』を、子を亡くすと『未来』を失うという…(玉越直人談)より」

しかし、愛する人を失うと過去も現在も未来も失うような気持ちになりますが、愛すれば愛するほど深く鮮明に記憶に残ります。まるで自分の肉体(細胞)の一部と化して深く潜在意識の中に刻み込まれ、過去も現在も未来でもいつでもその想い出が現れるのです。

自らがこの世を去るまで愛する者たちは消え去ることがありません。

そして、時間が経つと対話ができるようになります。

それは悩んだとき、苦しいとき、悲しいとき、嬉しいとき、楽しいとき、幸せなときのすべてに深く刻まれた潜在意識は働き、目の前にその存在が現れるのです。それは年老いて認知になったとしても記憶は蘇ることができます。

この幻想現象の正体は一体何なのでしょう。

人はこの『別れ』によって深く、深く想い出が刻まれるように、その『別れ』がなければ刻み込みができないようになっているように思うのです。

私たちは一生の間、人や動物を含めても生涯の親しい人との別れは五〇人から一〇〇人ぐらいが限界だといわれています。

ならば、その人たちと共に過去が残り、現在となり未来に続いて行くようになるのかもしれません。まさに別れは共に人生を歩むということかもしれませんね。本当の別れは互いの絆をさらに深くする働きがあるようです。

私たちは誰もが子どもとして生まれ育ち、やがて大人となり親となり、そして子どもに返る。誰もが同じ道を歩むわけですが、この別れの数だけ、別れた人の記憶は存在し続け、その人たちと共にこの世を離れるわけです。

それが別れという役割なのかもしれませんね。

別れは、愛する人たちと再会する場所。

もう一度、あなたは子どもとなり、あなたの父や母はもう一度、あなたの親になる、あの何もなくとも幸せだったあの頃に帰ることができる、誰もがあの故郷に帰る、それが『別れ』の意味かもしれません。その故郷は過去も現在も未来も同居している世界です。

別れは、さよならではなくて、もう一度出会うはじまり日なのですね。

Danny Boy

Oh Danny Boy the pipes, the pipes are calling, From glen to glen and down the mountain side The summer's gone and all the roses falling T'is you, ti's you must go and I must bide

おお、ダニーボーイ、バグパイプの音が私を呼んでいる 谷から谷へ、山際まで聞こえる 夏も終わり、バラは散ってしまった おまえは去って行き、私はじっと耐えて待っている

But come ye back when summer's in the meadow Or when the valley's hushed and white with snow T is I'll be here in sunshine or in shadow Oh, Danny Boy, O, Danny Boy, I miss you so

でも、草原に夏がきて、おまえが帰ってくるなら 谷が真っ白な雪で静まりかえる時でもいい 陽の光のもとでも、日陰であっても、私はここにいる おお、ダニーボーイ、おまえがいないとあまりにも寂しい

But when ye come, and all the flowers are dying If I am dead, as dead I well may be You'll come and find the place where I am lying And kneel and say an "Ave" there for me.

でも、花々が全て枯れ落ちる時におまえが帰ってきたら 私は、もしかしたら、いやきっとこの世にはいないだろう 私が眠っているところを見つけ ひざまづき、私のために最後の祈りをしてくれる

But I shall hear, though soft, your tread above me And all my grave shall warmer, sweeter be For you will bend and tell me that you love me And I will sleep in peace until you come to me.

私の上をそっと静かに歩いても 私には聞こえる そして、おまえが愛してると言ってくれたら 私の眠るところは、温かくやさしいものになるだろう 私はやすらかに眠る おまえが帰ってくるその時まで

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