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【63】お母さんを守ります

友人が死んだ。

肺癌が全身に転移して逝ってしまった…。

彼はいつも笑顔だった。

病室の彼は、抗がん剤の点滴を受けながらも笑顔だった。

その姿は痩せ細り、まるで別人に思えたが、それでも笑顔は変わらなかった。

抗がん剤治療費が足りなくて、私は友人たちとその捻出のために駈けまくった。

それがせめてもの慰めだったからだ。

しかし、治療もむなしく、わずか一か月でこの世を去ってしまった。

友人たちだけで葬儀を行うことになった。

彼の家族は誰もいない。

私は、数年前に離婚した彼の妻に連絡を入れた。

最初は嫌がっていたが、驚きを隠せない気配が電話のむこうに漂っていた…。

妻は、一人息子を連れて葬儀に参列することになった。

葬儀場にお坊さんはいない。

友人三人、元妻と中学生の息子、わずかに五人の告別式となった。

人はこんなにもあっけないものなのか、私たちは泣いた。

妻は泣きながら、遺体に向かって話しかけていた。

「…どうして、もっと早く、こんな状況を教えてくれなかったの?どうして、あなたは最後の最後まで私たちを苦しめるの…」と、泣き崩れた。

二人には二人の深い歴史があるのだ…私たちにはわからない。

彼の一人息子と会うのは幼稚園のとき以来だったが、息子は私たちを覚えていた。

私たちは、気が狂ったように取り乱す妻と一人息子のことを心配した。

私たちに何ができるのだろうか?

どうすれば支えることができるだろうか?

考えたが、答えは出ない。

それほど私たちは貧乏になっていた…。

彼は保険というものに何も入っていなかったので、高額な治療費が残されたていた。

再び遺体に顔を向けると、そこにはいつもの彼がいた。いつもの笑顔だった。最後の最後まで笑顔のままだった…。

そのまま火葬場に出向いた。

休日の火葬場のような空間にわずか五人だけ。貸切り状態のような静かな火葬となった。

とても不思議な光景だった。

御骨は、友人三人と息子と四人で拾い上げ骨壺に入れた。遺影は、スマホの画像をそのまま骨壺の隣に置いた。

帰り際、妻はまだ泣き崩れたままだったが、涙一つ流さずにいた息子から声をかけられた。

「今日は、ありがとうございます。父が大変お世話になりました」

姿勢を正して、丁重に頭を下げ、そして、「もう、心配しないでください。母は僕が守ります。だから安心してください…」と息子は言った。

そんな言葉がどこから出るのだろう?

中学一年生といえば、昨年まで小学生だったはず。

私は驚いたと同時に、涙一つ流さない彼の目の輝きと、まっすぐな思いに覚悟を感じた。

そして、そこにはあの笑顔があった…。

私たちは再び泣いた。

その笑顔と姿は、父親に瓜二つだったからだ。

死んだ友人が語りかけているような錯覚を起こすぐらい、そこには元気な時の友人そのままの姿があったのだ。

とても静かで誰もいない斎場。

雲一つなく晴れ渡り、大空を静かに鳥たちが飛んでいる。

私たち三人は「お母さんをお願いします、ありがとう…」と、笑顔でお別れをした。

今でも、友人の笑顔と、その息子の笑顔が目に浮かぶ。

そして、「僕がお母さんを守ります…」という言葉が、頭から離れない。

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