【57】「社長という病」
社長という病
あなたは、社長の病というものがあるのをご存知ですか?
事業経営者として代表を務める社長ばかりではなく、副社長、専務、部長や課長も同じような病に陥るのです。子どもでも先に生まれた長男長女、クラブ活動のリーダー、責任者、その他、上に立つ人の多くがこの病にかかります。
それは、トップに立つ責任感やプレッシャー「ねばならない」「でなければならない」といった考え方から自然発生するのです。
先に生まれただけの兄が、弟から「これどうしたらいいの?」と相談されれば当然、先に生まれた者の経験から「こうしたらいいよ…」と答えるように、先人や先輩、上司たちは常に教える立場となります。すると、「わからない」とは答えられなくなり、答えなくてはならない…と思い込んで無理するようになっていきます。
無理をすれば無理をするほど、人は孤独になります。
孤独になると誰にも相談できなくなるので、さらに孤独になり苦しみを呼び込みます。
すると、心は偏ってしまうのです。心が偏ると物事が正しく見えなくなります。
正しく見えなくなると、不信感がつのります。
その不信感は疑いに変わり、何も信用できなくなるといった状況を呼び込んでしまいます。
暗闇の道を一人で歩いていると、風の音や鳥の鳴き声でさえ恐ろしく感じるのと同じです。
普段、心が安定しているときは、夜道であっても楽しく、風の音や鳥の声が気持ちよく感じるものですが、不安定になると、まるで正反対の様相を帯びてしまいます。
それが、よくいわれる「経営者は孤独なものだ…」という言葉です。
「経営者は孤独なものだ…」といいますが、専務も、部長も課長も後輩も、弟や妹も、みな孤独なのです。しかし、自らが孤独感に浸っていると相手の孤独感を感じることができなくなるのです。
ある中小企業の社長が私に相談に来ました。
「会社を経営するのにほとほと疲れてしまって引退したい。しかし私が辞めてしまったら多くの社員や取引先が困ってしまう。どうしたら良いのか悩んでいる…」と。
このとき、私はその社長に質問をしました。
「どうして、辞めたいと思うのですか?」
「通常の会社員であれば65歳を越えれば定年になり、好きなことをして生きて行けるのに、自営業は定年で辞めることができないからです」
「辞めたいのですか?」
「正直、辞めたい…」
「辞めたい理由は何ですか?」
その社長はしばらく考えたあと、ゆっくりと話し始めました。
「まず、疲れてしまいました。経営を始めてから40年を過ぎ、やりたいことを我慢して社員たちの為に頑張り続けてきましたが、なぜか空しいのです。何よりも寂しい…」
「社長は何をしたかったのですか?どうして空しいのですか?」
「本当は、絵を描きたかった…」
「今から描き始めたらいかがですか?」
「もう、無理ですよ…」
「どうして空しいのですか?」
「最近は何のために仕事をしているのかがわからなくなった…」
「社員の為に頑張ってきたのではないのですか?」
「その社員たちには私の気持ちなどわかりはしない。それに、毎月業者への支払いや人件費の支払いに追われて頭の中はいつも資金繰りでいっぱいです…。すべてから解放されたいのです。しかし会社を辞めることができません…」
「どうしてですか?」
「借入金があるから、会社を清算しても返済金が残ってしまうので辞めるに辞められないのです…」
私はこの社長に次のようなお話をしました。
それは、この大変さや苦しさを社員の人たちに相談すること。
そして、社員一人ひとりの話を聞くことでした。
その会社に出向いて社長の隣に同席した私は、会議の司会進行をつとめることになりました。
私は、最初に社員の人たちの話を聞くことから始めました。
「皆さんはこれからこの会社をどうしたいですか?」
すると、次々に意見が出ました。
社員からは、
「給料をもっと上げてほしい…」
「ボーナスが欲しい…」
「休みが欲しい…」
「残業を減らしてほしい…」
と、さまざまな意見がでました。
社長は苦笑いをしています。
「では、そのためにはどうしたら良いと思いますか?」
すると、
「新規の取引先をもっと開拓して、効率(利益率)の良い仕事に変えたい」
「もう少し、営業に力を入れて活動範囲を広げる」
「会社で暇そうにしているのならどんどんと表にでるようにすればいい。会社内で事務作業をしていても、それが利益に結び付く訳でないので、皆が営業に出ればもっと売り上げを伸ばすことができるはずだ」
「そのためには利益率の良い仕事内容にしなければいけない」
社長の顔から苦笑いがなくなりました。
私は次の質問をしてみました。
「では、会社のイメージを変えてみたらどうでしょうか?」
すると、次のような意見が出ました。
「そうだ、イメージを変えましょう!」
「暗い世の中だから、思いっきり明るいイメージにしてみよう!」
「若い女性にもアピールしたい」
「楽しい会社にしたい」
「会社のロゴデザインを見直して変えてみよう!」
「取引先がびっくりするようなアイデアを取り入れてみよう!」
今までむっつりしていた社長が笑いだしました。
それは、驚きの笑いでした…。
私は最後に次の話をしてみました。
「社長は絵を描きたいと考えてきたそうです。でも、それは若い時の夢。今は諦めているそうですが…」
すると、課長から次の意見が出ました。
「そうだ、昔社長が描いた絵を見たことがある。社長、もう一度会社の為に絵を描いてください。会社のロゴマークや新しい明るいイメージの絵を描いてください!」
隣にいる社長の顔を覗いたら、涙を流していました。
もう社長自身の苦しさや大変さ、空しさを話す必要がなくなったからでした。
彼は、会社をみんなに任せようと決心したのです。
現在、自営業を営んでいるほとんどの経営者は疲れ切っています。
働いている人は毎月給料が自動的に入るのですが、経営者はお金が足りなくとも何とか工面して給料を支払います。売り上げのある月は良いのですが、ない月もあります。また、この大不況化は売り上げがままならず、悲鳴をあげている経営者ばかりが目立ちます。
「もう会社を辞めたい。しかし辞めようがない…」と、堂々巡りです。
お金の病(やまい)、まさに社長の病はお金の病です。
しかし、その病はほんとうにお金だけが辞めたい理由でしょうか?
理由がお金だけだとしたら、どうして不足するのでしょう…。
その不足する原因とは何なのでしょうか?
それは、「希望」が不足しているからです。
お金の病の「希望」とは何でしょう?
それは、どうしたら良いのかわからず「希望」がないからです。
「希望」が不足すると、お金があっても心の中は不安でいっぱいとなり、さらに不安が不安を呼び込み、「希望」が「絶望」に変わってしまうからです。
この社長の場合、みんなに会社を任せてみよう、もう少し頑張ってみようと、「絶望」が「希望」に変わりました。環境や状況などは一切変わってないはずなのに。彼自身が自分中心の考え方から相手中心の〈考え方に変わった〉だけなのです。
それだけで「希望」が見えてきたのです。
ずっと会社の為、社員の為、家族の為と自分を偽って、思い込んできたために本当の姿が見えなくなっていました。会社内の苦しさや辛さを、社員や家族に見せまいという考えは自分中心の考え方で、それが思い込みとなって実態がわからなくなり、絶望へと向かっていました。
私は、社長業というど真ん中から少し外れて、斜めから、横から、下からみるという考え方に切り替え、やり直しにやり直しをくり返して現在に至っています。そして「希望」を自分から作るという考えになりました。その大きな理由は、たくさんの経営者たちを見つめ続けてきたからです。
何度も何度も会社を潰して、立ち上がり続ける人。
失敗しても、失敗し続けていても、立ち上がって行く人。
嫌な思いをし、傷つき倒れても立ち上がる人。
苦しく辛い思いをしたにも拘わらず、再スタートを切る人。
膨大な借金を抱えていても、前だけを見続けて前進する人。
その人たちの共通点にあるのは、やはり「希望」でした。
たとえどんなに過酷であっても自分を見失わない、自尊心を持ち続ける。
たとえどんな運命が待ち受けていようとも、覚悟を持って生きている。
たとえ人が無理なことだと言っても自分を信じ続ける。
たとえ日々の生活が苦しくとも常に他者に優しい人。
たとえ病の淵にいようとも、笑顔で人と接する人。
たとえ苦しくとも、苦しいと弱音を吐かない人。
「絶望」と「希望」はまさに表裏一体のもので、お金という病とは関係ない所で育っていくものだということを改めて感じています。
そして、さらにもう一つの共通点。
それは、明るい笑顔でした。
©Social YES Research Institute / CouCou