【102】Awakening(めざめ)

July 17, 2020

Awakening(めざめ)

 

 

「ねえ、ねえ、おとうさん。

あのときのお話しをもう一度してくれる?」

 

あのときの話ってなんだっけ?

 

「わたしが生まれたときのウイルスの話よ、もう一度だけ聞かせてほしいの!」

 

遠い、遠い昔の、つまらない話だよ!

 

「でも、聞きたい!」

わかった、わかったからちゃんと布団に入って静かに聞くんだよ。

 

かつてパパとママが若かったときのこと。

その世界はとても贅沢な時代だったけど、お金持ちと貧乏な人々がともに生きていた。お金持ちはもっともっと贅沢を望み、他の国まで出向き儲かることばかり考え、政治家も自分の名誉や欲ばかり追い求めていたんだ。

たくさんの人たちは、お金があれば幸せで、お金がなければとても不幸だと考えていた。だってね、お金がなければ家の家賃も払えないし、何よりも食べる物が食べられなくなるからさ。

多くの人たちはお金で便利さと自由を求めていた。

 

「お金のない人はどうしていたの?」

 

お金のない人たちは、お金がないということを不幸に感じていたし、お金がある人はさらにお金がないと不幸に感じていた。

パパとママはそんなにお金持ちではなかったけれど幸せだった。

 

「パパとママは、お金がないのにどうして幸せだったの?」

それはね、きみのママがいたからさ。ママがいつも元気で幸せならば他には何もいらなかったからね。今はきみたちもいるしね。

 

「ぼくたちがいるとどうして幸せなの?」

うふふ、それはね、私たちはきみたちを心から愛しているからだよ!

 

その贅沢な世界はね。どんどんと大きくなり、さらに贅沢な世界となり、誰もが欲しいものをいつでも簡単に手に入るようになった。今では当たり前のこのスマホがひとつあればここを押すだけで何でもすぐに手に入れることができるようになった。わからないことも、知りたいことも、必要なことも、友だちとの連絡も、直接会わなくとも世界中誰とでも繋がることができ、スマホ画面で話すことができるようになった。

 

「へえ、パパとママの時代では珍しかったんだね!」

 

そう、スマホがあれば健康管理もできたし、そのデータをお医者さんに送れば薬なども簡単に配達してもらえる。どんな貧乏な人もスマホを持つようになれたのはお金持ちの人々がたくさん寄付をしてくれたため、すべての人が何でも知れる世界になったのだよ。それにお金を持つ必要もなくなり、何か困ればクラウドファンデングといって寄付を募ると自動的にスマホに入り、必要なものが手に入るようになったんだ。

そうそう、赤ちゃんもスマホで遊ぶようになった。そんな素晴らしい自由な時代だった。そうだね、足りないものはなくなり、車もAI、介護や病院もロボット、上を見ればドローンで埋め尽くされていたね。

 

「…、それでウイルスは?」

 

そうだね、今から三〇年前のこと、西暦二〇二〇年。それは、それは酷い時代だった。科学の発達と情報の共有、経済の発展と同時に未曾有の新型コロナウイルスが発生して世界中に広まった。政治家たちはその危機を甘く考え、あいかわらずの経済第一主義の政策を中心に考え、自分たちの名誉や保身、そして儲けに目がくらみ、果てしない欲望主義の真っただ中にいてのんびりと構えていた。

その間、世界中のマスコミやメディアはその現状を恐怖心で煽り続け、世界中の人々の心(脳)に深い傷を与え続けた。コロナウイルスよりも怖いもの、それは誤った情報や恐怖という過剰な報道だった。

その恐怖という深い傷は三〇年後の今も消え去らない。

人々は、すべてに対して恐怖感を抱き、欲望主義の政治家たちの命令に従い、家から出ることも禁じられ、人と接することも、モノに触れることさえも禁止された。国民は素直に信じすべてを聞き入れ、恐怖で震えながらの生活をしていた。お店や会社も営業することは認められず、世界中が大恐慌となった。

 しかし、政治家や公務員たちだけはそれでも生活は安定しており、生活に困っている人たちのことは理解できないままだった。世界中の人々は外出を自粛し、街は人が歩かなくなり、買い物さえも自由にできなくなり、電車も、タクシーも飛行機も今までのように動かなくなった。

 

 そう、世界は壊滅してしまった…。

 

さらに、ウイルスに感染した人々はいじめられ、差別を受け、石を投げられ嫌われた。ほとんどの人々は人を疑い、自分が感染することばかりを恐れ、あたたかさや優しさなどが消え去ってしまった。小さな子どもが感染すればその家族の誰もそばに寄らず、病気が治っても信用されない。みんな自分だけは救われたいと願う。まるで「自分だけは」という人間の本性のようなものが目立ち始めていた。

 このわずか六か月間で。会社は倒産し続け、働く人々は職を失い、人は大きく変わってしまった。ウイルスよりも恐ろしいものは人間の本性かもしれない…。

 

 「でも、どうして今は平和なの?ウイルスはどうなったの?」

 

 ある国民はね、このときにあることに気づきはじめていたんだ。

情報の発達とともに、スマホという神が現れてから、失ったものがわかるようになった。それは、本当の幸せ、本当の会話、本当のふれあいではなくすべて幻想に近いものだということを感じるようになったことだった。

そのきっかけはスマホがなくなった、いや、依存しなくなったといったほうが正しいかもしれない。

それは誤った情報に振り回され、正しい情報がわからなくなった、信じることができなくなったからかも知れない。

 

それは、人間の本能、DNAがそうさせたのかもしれないが、今まで自由だと信じてきた、今までの情報は正しいものだと信じてきたことの不自然さを感じるようになったことだ。それは、お金があっても孤独と不安がつきまとう、お金がなくとも同じだということでもあった。

そして、恐怖心。自由だと思っていたことがとても不便にさせ、不自由だと思っていたことの中に真実を見出すことができるようになった。

 

 気がつけば目の前にいる家族や友人たち、愛する人たちとの会話がなくなっていた。仕事と生活のバランスも失い、不足するものがないはずなのに、気がつくと家族の会話がなくなっていた。ひとことも話さないわけではないけど 何かが足りない、何か孤独、寂しい人々が増え続けていた。

 

 二〇二〇年一月から六月までのわずか六か月間で全世界の様相は一変してしまった。ウイルスはワクチンが開発されぬまま終結した。

ある科学者は「世の中で一番強いものは大自然である、どんなにか科学が進

だとしても、どんなに人間に知恵があろうともこの自然の驚異を止める手立てはない、あるとすれば「大自然である」と。このウイルスは一般的なインフルエンザと同じ、約六か月間で終わった。

 

多くの心ある国民はここで疑問を感じた。

歌を歌い励ましあったり、離れながら音楽を演奏したり、ダンスをしたり、知らぬ者同士が声を掛け合っていた。やがて今まで禁止されていた握手や抱擁ができるようになり、スマホやAIでは味わえない人とのふれあい、感触に喜びを感じた。それは今までの感じ方とは異質のものだった。

 

それは、映像や写真では味わえない大自然の美しさ、手で触れたくなるように星空、香りのある花々、青々とした緑、鳥の声、風にあたる感触、頬に温かみを感じる太陽の光、手に触れる水、雨の音、動物たちとのふれあい、自然からの恵み、地球の素晴らしさ、外に出られる喜び。本当の自由という意味と自然と人の優しさ。

 

何よりも、画面上ではない人々の笑顔だった。

 

 「このウイルスはどうしてたくさんの人たちを苦しめたの?」

 

 

そうだね。確かに苦しかった。でもね。ウイルスが蔓延する前の世界、ウイルスが蔓延した世界、ウイルスがなくなったこの世界はまるで違い、この新しい世界の素晴らしさにたくさんの人々が気づいたんだ。

 

こうして人々は「新しい生き方」を模索しはじめ、どんなことでも当たり前ではなく、感謝するようになったんだよ。何よりも、みんなが優しくなったんだ。二〇二〇年の約六か月間は人類にとってとても必要な時期だった!

 どんな嵐もやがては去るときが来る、人はその嵐のときにただ怯えて恐れることだけでなく、人を思いやる優しい気持ちになるときかもしれないね。

 

さあ、そろそろ眠ろうね。

明日もとても素晴らしい一日が来るよ!

何も心配したり、恐れたり、不安になる必要もない。

なぜなら、きみには楽しく、とても幸せな世界なのだから、

 

さあ、「めざめ(Awakening)」はとても素晴らしい世界だからさ。

 

あれから三〇年後の話。

 

 

「恐れっていうのはね、

自分事ばかり考えているから、

恐れるんだよ!」

Cou  Couの言葉より

 

Please reload

Recent Posts

December 16, 2019

Please reload

Archive
Please reload

© 2023 by Hunter & Thompson.(著作権表示の例)Wix.comで作成したホームページです。

This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now