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【96】死のうかとおもう

 死のうかとおもう

死のうかと おもう

その考えが

ひょいと のくと

じつに

もったいない こころが

そこのところにすわってた

詩 八木重吉

すべての物事は、「NO(否定)」すると離れていきます。

否定すれば、何もかもが否定となります。

辛いことや嫌なことが起こると、人は否定します。

自らを否定すれば、相手をも否定してしまいます。そして、何も見えなくなります。たとえ周りに良いことが起こっても、それさえも否定してしまいます。すると人生は真っ暗闇になります。私の場合、子供の頃から自分を否定することによって自分を守(逃避)ってきました。それ以外に自分の人格を保つ方法がありませんでした。そのために「NO(否定)」の期間が長かった気がしています。

街を歩いているとき、子どもを大きな声で怒鳴る親がいました。

「あなたはどうして、いつも駄目なの・・」と我が子を否定します。

多くの人の面前で子どもを殴る親もいます。

体育の時間に先生は、足の遅い子を「駄目だ、駄目だ・・」と怒ります。

学習塾の先生は、「何度言ったらわかるのか・・」とのみ込みの悪い子に言います。

友達同士で「あいつは付き合いが悪い・・、空気が読めない・・」と笑います。

会社の上司が部下を怒ります。「お前には高い給料を払っているのだから・・」と。

病院では、医師が看護師に「何度言ったらわかるのか・・」と怒ります。

競争社会では、順位や役職、地位、名声などが優先されます。

ある政治家が「二番ではいけないのですか?」と言って顰蹙を買いましたが、本当に一番が偉いのでしょうか・・・。

否定、否定、否定・・「NO」、「NO」、「NO」・・。

いつの間にか、「ありがとう」という言葉は挨拶用語になってしまいました。

どうして「良かったね」「頑張ったね」「こうしたらどう」「ああしてみたら」「ありがとう」「助かったよ」「ご苦労様」「大変だったね」「大丈夫だよ」という労(ねぎらい)いの言葉で伝えないのでしょう。

どうして人を褒めないのでしょう。

どうして「YES(ありがとう)」と心から言えないのでしょう。

子ども大人も、生きるのが苦痛の時代になりました。

「NO(否定)」だらけの世の中だからでしょうか。

私たちは呼吸ができますね。

私たちは考えることができますね。

私たちは言葉が話せますね。

私たちは食べることができますね。

私たちは創造することができますね。

私たちには想う心がありますね。

私たちは生きていますね。

私たち誰もがYESと言えますね。

YESは感謝の言葉。

YESは感動の言葉。

YESは真心の言葉。

YESは祝福の言葉。

YESの心を持つと、NOが去っていきます。

YESの心は世界を平和にします。

YESの心は愛を与えます。

YESの心は人々を救います。

YESの心が私を助けてくれました。

YESの心はあなたたちを助けてくれます。

YESは人生の〈ありがとう〉という愛言葉です。

©Social YES Research Institute / CouCou

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