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【69】あの日に戻りたい

もう一度、あの日に戻りたい…。

もう一度、戻れるとしたら、あなたはどの日を選ぶでしょうか…。

朽ち果てた建物の一角で、老猫がひっそりと暮らしていました。

建物のガラスは割れ、扉は腐り、雨水は漏れ、室内には草木が生えて荒れ放題。強い風が吹けば、簡単に飛んで行ってしまいそうな廃屋でした。その前を通りかかる村人たちは、建物を避けるように足早に通り過ぎていきます。

老猫の名前はミーシャといいました。

朽ち果てた建物は、ミーシャのご主人様が建てた家で、ここに生まれ育ったミーシャが家族と暮らした場所でもありました。

ミーシャにはたくさんの子どもがいましたが、今はもうだれもいません。

屋根の穴からのぞく夜空に向かって、ミーシャはいつも語りかけています。

「空に輝く星さん、あなたたちはこの世から消えることなく、いつも同じ場所で輝き続けていますが、何を見ているのでしょう。わたしは生きることに疲れ果てました…もう生きている意味もわからず、夢や希望もなくなりました…。

両親、夫、友人たち、そしてたくさんの子どもや孫までも、みんなこの世を去ってしまいました。長生きは損ですね…だれもいなくなってしまうのだから。わたしも早くみんながいる世界へ行きたいのです。空に輝く星さん、わたしは寂しいの…ほんとうに寂しくて仕方がないの…」

空に輝く星たちは、何も答えてくれません。

「できることなら、もう一度人生をやり直したい…もう一度あの日に戻りたい。若い頃は悩みもなく、楽しいことばかりだったのに…」

あの頃の幸せを思い浮かべて、ミーシャは泣き続けました。

「…もう一度あの日に戻りたい…」

そんなある日、一匹の子猫が訪ねて来ました。

「こんにちは…だれかいますか?こんにちは…」

「…」

草木が生い茂り、鳥や虫たちが同居している建物を、子猫は眺めています。

部屋に入っても太陽は輝き青空が見えます。大きなあげは蝶がテーブルの脇に咲いている百合の花に止まりました。なんて美しいのでしょう…子猫は見とれていました。

「コラッ!・・・お前は誰だ!?」

たとえ老猫でも、生命の危険を感じれば相手に威嚇ぐらいはできます。

突然の声に驚いた子猫も唸り声をあげました。だれもいないと思っていたのに、突然声がしたからです。

「こんにちは…勝手に入ってごめんなさい。ぼくはクゥリーといいます」

「そうかい、そうかい。この場所にあなたのような子どもは来たことはないから驚いてしまったのよ。クゥリーというのだね?ここへ何をしに来たの?」

「ママを探しにきました」

「ママ…?」

「はい。ママのことを想い出しながら歩いてきたら、ここに着いたんです」

「残念だけど、あなたのママはここにいないわ。ここにはわたししかいないのよ…」

「そうですか…。でも、ぼくはこの場所に懐かしさを感じるのです。それにパパやママの匂いを感じるのです。おばあさんはどうしてここにいるの?」

クゥリーと話をしていると、ミーシャは不思議な感覚を覚えるのです。それはなぜなのでしょうか?この場では、まだわかりませんでした。

「残念だね…ここにあなたの家族はいないわ…」

「おばあさんはここで何をしているの…」

「他に行くところがないからよ…。それに、わたしにはだれもいないしね…。あなたにはそれがわからないと思うけれど、あまりにも長く生き過ぎるとね、みんなこの世からいなくなっちゃうのよ…」

クゥリーはあたりの匂いを嗅ぎまわります。

この場所には何とも言えない懐かしさがあるのでした。

そして、クゥリーはミーシャの匂いを嗅ぎはじめました…。

「ああ、おばあさんはママと同じ甘いにおいがする…」

ミーシャは驚いてクゥリーに質問しました。

「あなたのママとパパの名前を教えて…」

「はい、ママはシン、パパはリーです」

その名前に記憶はなく、ミーシャはため息をつきました。

どの母親でも同じ匂いがするものです。もしかすると孫なのかと期待しましたが、そんな偶然などありえません。

でも、クゥリーのしぐさは懐かしい誰かによく似ていました。目元や口元にとても懐かしさを感じるのです。

「…おばあさん、ぼくはご主人様に内緒できたから、もう帰らないと叱られてしまいます」

「おお、そうかい…。謝らなくともいいわ、わたしこそ引き留めてごめんなさいね。ありがとう。また逢えるかしら…」

「はい、ご主人様に内緒でまたきます…」

ミーシャはいちばん幸せだったあの頃を想い出しました。人生がいちばん輝いていたときのことです。身体が震えるのはどうしてなのでしょう。涙が流れるのはどうしてでしょう…。ミーシャはおそるおそるもう一度クゥリーに訊ねました。

「あなたのおばあさんとおじいさんの名前は覚えている…?」

「はい、おばあさんはミウ、おじさんはレイです」

「ひいおばあさんの名前は覚えている…?」

「いいえ…わかりません」

「そう、ありがとう。またきてね」

「はい、必ずまたきます。おばあさんも身体に気をつけてね」

なんどもふり返りながら帰っていくクゥリーの姿に、ミーシャはシッポをふり続けました。

そして、夜空の星に感謝しました。

あの子は…クゥリーは、ミーシャのひ孫だったからです。

娘のミウは、ミーシャから取った名前なのです。

ミーシャはクゥリーのひいおばあさんにあたり、クゥリーはミーシャのひ孫になるのです。

時間は戻せなくても、ミーシャはあの日に戻れました。

家族がだれひとりいなくなったのではなく、ひ孫がたくましく育っていることを知ることができたのです。こんな幸福なことはありません。長く生きたからこそ、ひ孫と出会えたのです。これほどの喜びがあるでしょうか。

ミーシャは今を選びました。今は未来だからです。過去を取り戻すことはできませんが、未来には希望があります。ミーシャには希望が与えられたのです。

過去が現在をつくり、

現在が未来をつくるのではなく、

未来が現在をつくり、

現在が過去をつくる。

未来は現在を簡単に変えてしまい、

その現在は過去を変えることもできるのです。

だれもがたどる人生航路。

たとえ残り少ない人生であっても、未来が変わることで、すべてが変わります。

未来は永遠に続く道なのかもしれません。

未来、それはYESなのですね…。

©Social YES Research Institute / CouCou

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