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【65】大きくなった林檎

彼は、神々の王ゼウスの子であり、母はアルクメネー。あのメデュサーを退治した英雄ペルセウスの家系に生まれた、アルケィデース(後にヘラクレスとなる)という名の男でした。

しかしゼウスの妻ヘラの子ではありませんでしたから、苛めを受けるようになり、強さと逞しさを覚えていくのです。

彼は人間離れの怪力を誇り、怖れを知らず、敵の弱点を見抜く戦闘的な男へと成長し、後に怪物退治で名を馳せる人物となります。

ある日、旅の途中の小道のまん中に小さなリンゴが転がっていました。

彼は目の前にある邪魔なものはすべて排除して生きてきましたから、道に転がっているリンゴでも同じです。目障りなリンゴだったので足で踏みつぶしました。すると、そのリンゴは潰されるどころか、逆に踏まれれば踏まれるほど大きくなっていくのです。

彼が苛立ち、ムキになって踏み続けると、リンゴはますます大きくなります。

そこで物凄い形相をした彼は、棍棒を使い自慢の怪力でリンゴを叩き潰そうとしました。

リンゴがなぜ大きくなるのかわからない彼は、棍棒を振り下し続けました。

今までどんな敵でも、怪物でも、容赦なく叩き潰してきたのですが、潰そうとすればするほど、巨大化してしまうリンゴに手の打ちようがなくなり、彼は呆然自失のままその場に立ち尽くしてしまいました。

そこに突如として出現したのがアテナという女性でした。

アテナは最高神ゼウスの額から生まれた娘です。

頭を抱えていた彼の前でアテナは、

「そっとしておけば良いのに…そっとしておいてあげればそのままの大きさだったのに、ムキになってリンゴに向かえば向かうほど、リンゴは膨張してこんなにも大きくなってしまったのですよ!」

リンゴは何も言わずとも、叩かれ踏みにじられる感情を増していったのかも知れません。

彼がはじめて味わった敗北と挫折感。

怖いものも恐れるものもない、失うものもない、命さえも惜しくない。戦うこと、敵に勝つこと、自分の強さを見せつけること、自分は偉大だということのためだけに生きてきたヘラクレスの敗北が、この道の上に転がっていた小さなのリンゴでした。

これは、有名なイソップ童話の中の物語「ヘラクレスとアテナ」を、私の記憶のうちでアレンジしたものです。

このお話しは、現代の世の中でも通用するものですね。

人間社会では、「目には目を」「殴られたら殴り返す」「やられたらやり返す」という怒りや憎しみの感情が残ります。

むやみに人を傷つけることは犯罪行為として逮捕されますが、心の中の葛藤や怒り、憎しみ、恨み、妬みは存在し続けます。

人は時にそんな感情を抱きますが、怒れば怒るほど、恨めば恨むほど、憎めば憎むほど、自らの心に反射してしまいます。それは恐怖心であり、不安感でもあるのです。

ヘラクレスの場合、父は神ですが、母は人間の女。幼い頃から冷たい視線に晒され、彼の心の中は怒りでいっぱいになっていたのでしょう。

そのため力によって英雄、ひいては強い神になりたかったのでしょうか?

彼は巨大な怒りと共に成長し、その怒りを支えとして神の世界と人間の世界を生きて来たのかもしれません。道の上のリンゴは、怒りを大きく膨らませてきた彼の、「恐怖心」の象徴だったのかもしれません。

怒りや、憎しみ、恨みという感情は、自分の思い通りにことが運ばなかったり、他者にわかってもらえない場合であったり、苦しさや哀しさ、辛さから生まれる自分勝手な感情(心)の一部です。そして、自分勝手な人の共通点には、自分は常に正しく、相手に誤りがあるといった思考癖があるものです。

ヘラクレスはアテナに質問しました。

「どうしたら、いいのか?私の人生は間違いだったのか?」

アテナは答えました。

「何よりも、あなたには魅力がありません…。魅力は怪力や強さにあるものではありません。あなたには真の英雄になることなどできません…」

「…なぜ?」

「人を思いやる気持ち、感謝の気持ち、貧しく苦しんでいる人々のことを思いやる気持ちがないからです…」

「では…どうしたら?」

「人を愛する心、慈しみの心が必要です」

「それを、どう学べばいいのか?」

「一切の怒り、憎しみ、恨みを消し去ることです。人を愛し、すべての命を大切にすることです」

ヘラクレスはアテナから学び、それを実践して多くの人々に愛される真の英雄になりました。

しかし彼の最期は、妻の怒り、憎しみによって哀しい死を遂げます。そして、その妻も哀しい死を遂げました。「怒りの後には何も残らない…」「ささいなことでも、怒りは怒りを呼び込み、それが恐怖心となって巨大化してしまう」

まさに道の上に転がっていたリンゴですね。

神々はヘラクレスの死を惜しみ、悲嘆にくれました。が、ゼウスは明るく宣言しました。

「ヘラクレスの功業はみんな知っているところである。また、彼の半分の人間の部分は燃え尽きたが、半分は神である私の資質で永遠に滅ぶことはない。彼を神々の座に迎えいれるつもりだ」

ゼウスがヘラクレスを4頭だての馬車で天に運び上げて住まわせると、アトラスは天球の重みが増したことを感じました。そして、新たな妻ヘベとの間に子どもを授けたのです。

いつのまにか、リンゴは元の大きさとなり、しっかりと木に生っていました。

アテナAthena

ギリシアの女神で、ラテン語名をミネルワという。ゼウスと知恵の女神メティスの子。メティスを最初の妻にしたゼウスは,彼女からやがて生れる男の子に自分の王位を簒奪される運命にあると知り、すでにアテナを妊娠していたメティスを腹に飲み込んでしまったところ、頭に陣痛を感じたのでヘファイストスまたはプロメテウスに命じ、斧で頭のてっぺんを割らせた。するとその割れ目から武装した姿で飛出したのがアテナで、これによって彼女は戦いの女神であると同時に、知恵および技術万般を管掌することになった。神話のなかで彼女は、特に英雄たちの近しい守護者として彼らを危難から救い、手柄をあげるのに必要な佑助を与える。ポセイドンとアッチカの支配権を争って勝ち、アテネ市の守護女神となったとされ、同市のアクロポリスにいまも残るパルテノン神殿は、この女神の最も有名な社であった。「処女神宮」を意味するこの社名のとおり、アテナは永遠の処女で、彼女の裸身を見たテイレシアスは罰として盲目にされたという。

©Social YES Research Institute / CouCou

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