【58】91歳の老木

November 13, 2018

みーん、みーん、みん、みん。

 

みーん、みん、みん・・・

 

夏は嫌いだ、大嫌いだ。

 

 

そびえ立つ大きなイチョウの木がありました。

それは、91歳の老木でした。

(昭和2年1月8日生まれ)

しかし、その巨木は強嵐によって折れてしまいました。

(平成30年7月19日午後12時55分急逝)

 

木は長い間、多くの子どもたちを見守り、育ててきました。

 

老木の名前はヤーチャオ。

 

ヤーチャオの妻ヤーチャウは、根元が腐りはじめたので、数年前に地元の人に切られてしまいました。それ以来、ヤーチャオは悲しみに暮れ、生きる希望すら失っていたのです。

 

イチョウは、葉っぱがカモの水掻きに似ていることから、中国では「鴨脚(ヤーチャオ)」と呼ばれ、数億年前から地球に存在している不思議な木です。

(恐竜が絶滅しても生き残りました)

 

一人ぼっちになったヤーチャオは、自分を責め続けていました。

老木になった自分は、誰からも喜ばれない邪魔な存在だと。

 

91年間、ヤーチャオは人間から嫌われていました。

夏が終わる頃になると数えきれないほどの銀杏が地面に落ち、臭い匂いを放ち、晩秋には、辺り一面に葉が舞い散り、水分を多く含んでいる葉っぱは滑りやすく、火にくべてもなかなか燃え尽きません。それが、人間から嫌われる大きな理由でした。

 

けれどヤーチャオは、自分を嫌う人間など気にもせず、長い年月、落ちていく銀杏の子どもたちに別れを告げてきました。

ヤーチャオの身に実った何千、何万個もの銀杏は、吹く風に飛ばされて、次々と路面に落ちてゆきます。

わずかな人生を生きた子どもたちも、ヤーチャオに別れを告げます。

人間は、その子どもたちを拾い集めて美味しそうに食べたり、自分の庭や山に埋めて育てたりしてきました。

それなのに、イチョウが大きくなりすぎると、人間はばっさりと切り倒してしまいました。

 

ヤーチャオは、自分に問いかけました。

「何のために生きなければならないのだろう・・・長生きすればするほど、別れが悲しく辛い。ワシはなぜ、何のために生き続けるのだろうか・・・」

ヤーチャオは悩み続けていました。

しかし、答えなどありません。

「確かに、多くの人間から嫌われていることは知っている。しかし暑い夏、ワシがいなかったら道行く人間は、みな暑さのために倒れてしまう。ワシができることはわずかだが、人間のために日陰をつくることができる。それだけでも良い人生だと信じていた・・・」

 

そんなある日、ヤーチャオを呼ぶ声が頭上から聞こえてきました。

「おじいちゃん、おじいちゃん、孫のイチャオです。ボクの声が聞こえますか?」

「おじいちゃん、おじいちゃん、私よ、ひ孫のイチャウよ」

声が呼びかけますが、首が回らないヤーチャオは上を向くことができません。

 

「・・・ワシにはキミたちの姿が見えん」

 

「ボク、イチャオです。ボクたちはみんなおじいちゃんに感謝しているんだよ!おじいちゃんとおばあちゃん、おとうさん、おかあさんがいたから、ボクたちは生まれて来られたのだからね!」

「そう、私も同じよ。この世に生まれて、生きて、短い人生だったけど、とてもしあわせです。冬にイチョウの葉は全部なくなってしまうけど、春になるとキレイな青葉になって、やがて花が咲いて、そして真っ白い実になり、青い実になり、黄色い実になる。兄弟姉妹みんなが同じ色に変わってゆけるのよ。自然といっしょに移り変わって成長して、最期には美しい黄金色の世界を生きるのよ。こんなステキなことはないと思うわ!」

 

「そう、ボクも同じだよ。数千、数万の兄弟姉妹たちが一斉に語り合って歌う、素晴らしい世界にボクたちは生きている。ここはまるで天国だよ!こんなにしあわせだから、何もいらないよ。人間から見たら、ボクらの人生は短いと思うかも知れないけど、ボクたちは生きるこの時を何百年という時間に感じている。蝉たちだって同じ。短く思える人生だけど、蝉たちにしてみれば何十年もの時間。何百年もの時間があるイチョウの木と何も変わらないんだよ」

ヤーチャオは、孫たちの感謝の言葉を静かに聞いていました。

ヤーチャオはこの世を去った妻、ヤーチャウのことを想い出しました。

すると、太陽の光を浴びて黄金色に輝くいちょうの葉から、ヤーチャウの声が聞こえてきました。

 

「あなた・・・私よ、ヤーチャウよ。私は死んでなんかいませんよ。私はずっとあなたのそばにいますよ。子どもたちだって死んでいませんよ。あなたが結んだ数百万、数千万の子どもたちも、いつもあなたのそばにいるのよ」

「そうか・・・子どもたちはみな元気なのか・・・」

ヤーチャオの全身から嬉し涙があふれてきました。

 

ヤーチャウは語り続けました。

「あなたは本当にしあわせでしたか?あなたはNО(否定)ばかりの人生でしたね。人にはYES(肯定)を伝えていましたが、自分にはいつもNО(否定)ばかりでしたね。苦しくて、辛い人生でしたね・・・。でもね、子どもたちと私は、あなたのおかげで素晴らしい人生を送れたのです。それを教えてくれたのはあなたなのですよ」

 

ヤーチャオは驚きました。

 

生きてきた人生、嫌われていると信じていた人生、たくさんの子どもたちを失ったと思ってきた人生なのに、家族みんなが幸せだと言ってくれたことは、まるで雷に打たれたかのようにヤーチャオの心を震わせました。

 

(誰も自分のことを嫌っていいなかった・・・)。

 

「ワシはしあわせだったのだね・・・。YESは、すべてをありのままを受け入れることなのだね。そうか・・・ワシも受け入れよう。すべてにありがとう、と」

 

ヤーチャオは天に向かいYESと叫びながら、91年の人生を閉じました。

魂は永遠に消え去らないのだと信じながら、数百万の子どもたち、愛する妻ヤーチャウの元へと。

 

 

みーん、みーん、みん、みん。

 

みーん、みん、みん・・・

 

夏に感謝しよう。

 

私は、朽ちた老木に手を合わせました。

その姿は、とても安らかで優しいものでした。

 

私もヤーチャオが嫌いでした。

どうしてかというと、出会ってからの40年間、ヤーチャオからいつも怒られていたからです。人の前で恥をかかされることも多く、この人はなんて冷たい人なのだろうと思い続けていました。しかし、それでも40年間付き合い続けたのですから、思いとはまるで裏腹に接してきたことになります。

この年月、ヤーチャオからNОを突き付けられた多くの人たちは、涙と共に離れていきました。ヤーチャオを理解できずに・・・。

 

私にとってのヤーチャオは、いったい何だったのでしょう?

反面教師だったのでしょうか?

父親だったのでしょうか?

兄貴?先輩?友人?

いまだにわかりません。

私が嫌っていたのですから、きっと、ヤーチャオも私を信じていなかったでしょう。

私の頬を伝う涙は寂しさからなのでしょうか?哀しさからなのでしょうか?

いま私は、自分の心理状態を分析することができません。

 

ヤーチャオを通じて何千人もの人たちと出会い、別れてきた私。

ふり返えってみれば、離れて行った人々もみなヤーチャオの子どもたちであり、ヤーチャオ学校の門下生でした。

 

亡くなる数日前、ヤーチャオは私の名前を呼び続け、実子に何度も私に会わせてくれと頼んでいたそうですが、何を私に伝えたかったのでしょう。

 

私にはヤーチャオの「ありがとう・・・」という言葉が聴こえています。

 

私も「ありがとうございました」と伝えたい。

 

どんなに欠点だらけのヤーチャオであっても、長い間、子どもたちを見守り続けてきたことは事実なのです。だからきっと、そんなヤーチャオを私は好きだったのかもしれません。

 

そうしてまた、今年も黄金に包まれるイチョウの季節が訪れる。

 

 

©Social YES Research Institute / CouCou

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