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【44】わかれのうた

ぼくは魚です。

ちいさな、ちいさな魚です。

名前はルイといいます。

もとは人間でしたが、神さまにお願いして魚にしてもらいました。

ぼくは念願だった海のなかを深く、深く泳ぎます。

海のなかから見る太陽の輝き、星と月の光はとても美しいものでした。

サンゴ礁は色あざやかで、やさしくゆれる海草はぼくの心を和ませてくれます。

ぼくは魚です。

ちいさな、ちいさな魚です。

神さまにお願いして魚になりました。

群れをなして泳ぐ魚たち、ひとり自由に泳ぐ魚たち…。

魚に生まれ変われば、静かな海の底で思い通りに生きることができる。

そこは、ぼくが長いあいだ夢に見てきた世界でした。

長いこと、ひとの喧騒のなかで生きてきたぼくは、碧い海を天国のように思っていました。

ぼくはだれとも違う道を選ぶことにしたのです。

なにからもしばられずに「自由」になりたかったのです。

だから、神さまにお願いしました。

そして願いは叶い、魚になることができました。

これでもう、だれからも命令されることもなく、だれに遠慮することもありません。

ぼくの、ぼくだけの世界。

ここに、ぼくを知るものはいません。

毎日、波まかせ。

流れに身をまかせて、楽しい人生を味わうことができるようになりました。

どうして、ひとりが好きかって?

どうして、魚に生まれ変わりたかったのかって?

それはね…別れることがないからさ。

ぼくはね…

愛するものたちと別れるのが辛いのさ…。

家族がいれば、いつか離ればなれになるでしょ…。

お父さんやお母さんだって、いずれこの世からいなくなるでしょ…。

妻や子どもたちだって、やがて離れる運命だもの。

そんな辛い別れをくり返すのはもううんざりだからね…。

ひとだったころ、ぼくはたくさんの愛するひとたちと別れてきました…。

別れのたびにいつも考えました…みんなどうして、ぼくを置き去りにしていくの…って。

とても寂しかった。

だから次に生まれるときは、別れの悲しみのない海に生まれ、自由に生きたいと願いました。

でも…

魚たちは同じ場所で、同じような方向を泳ぎつづけて、同じように生きて、同じようにこの世を去っていく…まるでひとと同じ。

魚になってから、どのくらいのときがすぎたでしょう。

ぼくは歳をとり、尾ひれも自由がきかなくなりました。

歳とともに動きが悪くなり、目も見えにくくなりました。

ぼくの前をぼんやりと通りすぎていく魚たち。

だれもぼくに気づきません。

きっと、もうぼくは、なんの役にも立たないのでしょうね…。

ぼくは、ゆらゆらと波に流されつづけています。

こうやって、いつかこの世から消えるのでしょうね…。

今日も目の前を魚たちが通り過ぎていきます。

友だち同士なのかな?

家族なのかな?

楽しそうに笑ってる。

しあわせそうに泳いでる。

ちいさな魚は子どもたちなのかな?

お母さんの後を一生懸命に泳いでる。

信じ合っているんだね。

寄り添っている魚たちは恋人同士なのかな?

とおい未来を夢みて泳いでる。

愛し合っているんだね。

ぼくの涙を波が拭いていくけど、悲しいんじゃないよ。

この想いは、いったいどこからくるの…。

いつかはみんな別れていくのに、

なぜ信じられるの?

なぜ愛せるの?

ぼくにはだれもいません。

信じるだれかも、愛するだれかも。

だれもぼくのことを知らないのだから。

さあ、もうすぐお別れです。

でも、ほんとうに、これでよかったのかな…。

すると突然、たくさんの魚たちがやってきて、ぼくの真上をぐるぐると回りながら輪をつくり始めました。

輪は上へ上へと向かい、長いトンネルに変わっていきます。

毛布のようにやわらかい波が、ぼくの全身を包み込んでゆきました。

天空まで届くかのような渦に抱かれながら、ぼくは昇っていきます。

そこがもうどこなのかもわからない、色も音も時間もない世界。

長い、長いトンネルに光が反射して、かがやきが果てしなくふくらんでいました。

ああ、なんて美しいんでしょう…。

ぼくのいのちの終わり。

だれとも別れたくない、離れたくないと思って生きてきたのに、ぼくは、ぼくと別れていくのです。

だれにも知られず、だれからも愛されていないと信じていたぼくを、たくさんの魚たちが祝福の輪をつくり、見送ってくれているのです。

別れのない人生など、どこにもないのですね。

ああ、あの頃に戻りたい…。

ああ、もう一度生まれ変わりたい…。

ああ、もう一度、ぼくはひとになりたい…。

別れがあるから人生はかがやき、うつくしいときになる。

別れのなかに、いのちの喜びがある。

最期の時が、ぼくにそう教えているようでした。

ぼくは別れを恐れていた…。

ぼくは悲しみを恐れていた…。

別れの悲しみのなかに感謝があり、いのちの祝福があるんだ。

ああ、あの頃に戻りたい…。

ああ、もう一度生まれ変わりたい…。

ああ、もう一度、ぼくはひとになりたい…。

そして、

だれかを信じたい。

だれかを愛したい。

ぼくの名前は喜びの涙、ルイ。

両親がつけてくれた名前。

最期に、ぼくは神さまにもう一度だけお願いをしました。

©Social YES Research Institute / CouCou

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