【04】写真に映るわたし
九〇才を迎えた老人は、足が弱くなり、家族の勧めで筋力アップのためにリハビリセンターに訪れ、年下の人たちや同じ世代の人たちと一緒にトレーニングを受けることになりました。
高齢者のためのリハビリですから、その場所には、いろいろなお年寄りの方々がたくさんいます。
しかし、彼はその仲間に入ろうとしません…。
不思議に思った介護福祉士がその老人に話しかけました。
「吉田さん、どうしたのですか…。皆さんと一緒に運動をしませんか…」
すると、九〇才の老人はこう答えました。
「ここにいる人たちは随分年寄りばかりだね…。あそこの人は車椅子だし、その隣の人はベッドに横たわったまま、それに点滴をうけていることもいる。随分、重症な人ばかりだね…」
「…どうですか、ご一緒に体を動かしませんか?」
老人は、遠慮しているのか、恥ずかしいのか、窓から見える庭を眺めているだけでした。
「さあ、みなさん、おやつの時間ですよ」
老人は、目の前に出されたお菓子にも手をつけません。
何よりも、もう家に帰りたがっているようでした。
「それでは、おやつの時間が終わりました。次は、みなさんと一緒にグー、チョキ、パーをしてみましょう…」
老人は、みなの姿をただ眺めているだけでした。
彼の本心は、自尊心が高く、頑固で他人の意見は耳に入らない性格で、家族が、リハビリを名目に老人ばかりのホームに捨てられた、という恐怖心を持っていました。ですから、人の意見を素直に聞き入れることができませんでした…。
そして、一日が終わり、家に帰りました。
家にいた家族たちは彼に今日の感想を聞こうと質問をしました。
「おじいちゃん、今日はどうでしたか?楽しかったですか?友達はできましたか?」と色々な質問をしました。
すると、「…年寄りばかりだった!ああはなりたくないな…」
と答えるのです。
そのリハビリセンターは彼が一番年長者で、七〇歳代から八〇歳代の人たちが一番多いのです。
「…なんだか子ども扱いされているような気がして、少しばかり気分が悪い。何よりもあんな連中と一緒にされたらかなわない…」
随分と不満な顔をしているので家族たちは少しばかり不安になりました。
その後、バックからプリントを出しました。
それは、初めての参加した日の記念ということでリハビリを受けている全員の記念写真でした。
老人は、改めてメガネをかけてその写真を見ました。
家族の人たちもその写真を見て
「…わあ…みんな楽しそうだね。笑顔が素敵だね…」
老人はさらに拡大レンズを取り出して一人ひとりの姿を見はじめました。
「…うーん、確かに楽しそうだ…。私は一人だけふて腐れているような顔をしている…」
「でも隣のお婆ちゃんも、お爺ちゃんもみな優しそうだね…」
老人は押し黙ってしまいました…。
次の日から、彼は勤めて笑顔を見せるようになり、リハビリに自主的に参加し、ゲームを楽しみ、筋力アップの運動に精を出すようになりました…。
老人は、介護福祉士の女性にこんな話をしました。
「私は、いつも人を見てきました。しかし、良く考えてみたら私自身を見る機会があまりありませんでした…。見ている自分、見られている自分、二つの自分がいることがわかりました…。私は老人なのに、老人ということを認めていませんでした。ですから、ここにいる老人たちを見て、ああいうふうになりたくない…。私はあの人たちとは違う…と信じていたのです。しかし、昨晩の記念写真の自分の姿を見て驚きました…。自分は老人になっていたのです。自分は老人だったのです。嘘みたいな話ですが、私はこの写真を見るまで自分の姿を認めたくなかったようです。一緒にいる彼らの笑顔は最年長である私にエールを送ってくれていたのがわかりました…。一緒に生きて行こうね、そう聞こえました…。そして一番の年長者の私を尊敬のまなざしで見ていてくれたのです…。私はみんなのためにもっと長生きをしょうと思いました…。私に多くの支えてくれる友だちができました」
彼は、涙を流しながら語り続けました。