【29】わたしは幸せなのだから

January 11, 2018

ねえ あなた わたしが死んでも

悲しい歌は 歌わないで

 

眠るわたしの傍に 

大好きな薔薇の花も 糸杉も 植えないで

自然の若草が 雨と露に濡れるままにしてほしい

 

わたしのことを忘れてもいいし 忘れなくてもいい

わたしは あなたの影さえも 見ることはできず

雨さえも 感じることはありません

夜泣き鳥の悲痛な声も 歌声も 聴くことはありません

 

明けることも暮れることもなく 黄昏の中で夢を見て

あなたを想い出すかもしれないし 忘れてしまうかもしれません

 

だから

ねえ あなた わたしが死んでも

悲しい歌は 歌わないで

 

わたしは幸せなのだから

 

〈song〉 クリスティナ・ロセッティ作 創訳 coucou

 

この詩は、19世紀英国のクリスティナ・ロセッティという生涯独身を貫いた女性詩人が創ったものです。彼女は1830年12月5日にロンドンに生まれ、1894年(明治27年)に64歳でこの世を去りました。

彼女は7歳の若さで作品を書きはじめたのですが、最初に出版された作品は31歳の時でした。その理由は、学校にも通えず、貧乏生活のため神経衰弱を患い、14歳の時まで母に教わっていた教育をやめてしまっていたからです。

それから長年に渡り、病気を繰り返し、それが原因で鬱状態になります。彼女は生きる希望を失い、それを救うために母が英国の教会教徒となり、回復を手助けするようになりました。しかし、この宗教上の問題(対立)により結婚ができなくなってしまいました。

クリスティナは31歳で本を出版するようになってから様々な活動を始めました。女性参政権の信奉者としてボランティア活動をはじめ、戦争と動物実験に強く反対します。

さらに、米国南部の奴隷貿易に強い憤りを表し、奴隷制度に関する詩を書くようになります。

1893年(明治26年)に癌とバセドー氏病を患い、この世を去りました。生前彼女の作品はあまり世に知られませんでしたが、死後、男女同権運動が起こり、彼女の作品が脚光を浴びるようになったのです。

(クリスティナの死後123年が過ぎています。しかし、現代でも充分に通用する迫力がありますね。)

クリスティナの最も有名な格言に、

「覚えて悲しんでいるよりも、忘れて微笑んでいるほうがいい」という言葉がありますが、どんな嫌な事も、辛い事も、悲しい事も、苦しい事も忘れて、微笑んで生きてきた彼女の前向きな精神を感じます。

余談になりますが、フランス文学者西條八十、宮沢賢治、金子みすずなどにクリスティナは強い影響を与えています。最近では、宮崎駿監督のアニメ映画「風立ちぬ」の一場面で、クリスティの詩を訳した西條八十の「風」という詩が朗読されました。

 

〈風〉

 

誰が風を見たでしょう

僕もあなたも見やしない

けれど木の葉をふるわせて

風は通りぬけていく

 

誰が風を見たでしょう

あなたも僕も見やしない

けれど樹立が頭を下げて

風は通りすぎていく

<西條八十 訳>

 

 

 

この詩では、マリー・フライエ作「千の風になって」との共通点が伝えられています。

この世を去る者の悲しみ、この世に残される者の悲しみが大切な人との別れにはあります。

去る者の悲しみは、残される者への想いしかありません。

わたしは幸せなのだから、悲しまないでほしい、微笑んでほしい、忘れて欲しい。

あなた幸せに・・という心を感じます。

 

おそらく世界中の詩人にロセッティの作品は影響を与えているのでしょう。

 

ロセッティはひとりぼっち、病と闘いながら生き抜きました。

彼女の唯一の救いは詩を書く事でした。

 

60歳の女性からの手紙の一文です。

「千の風を読んでお墓には誰もいない事がわかりました。ロセッティの「song」を知って、悲しいのは残された人々で、去って行った人々はみな幸せなのかも知れないと感じるようになりました。だから、残された者は寂しいけれど、悲しむ必要はないと思うようになりました・・。それよりも、微笑みながら〈ありがとう、元気でいるよ〉と言える生き方の方が大切に思えます。悲しむ姿を見て悲しいと思わない人がいないように、去って行った人の事をいつまでも悲しめば、去った人を悲しませてしまいますね。ロセッティはそう語りかけているような気がします。〈わたしは幸せだから〉という言葉で安心しました。(中略)私は忘れ去ることができませんが、この詩を知ってから、微笑んで生きようと思いました」

 

76歳の男性からメールをいただきました。

「ロセッティは誰も悲しませたくなかったのですね、きっと。もしかすると、多くの悲しみと苦しみを背負ってきた女性だったのかもしれません。愛した人とは結ばれず、次々と去っていく大切な人たちに、残された大切な人たちに、贈るメッセージのような気がします。〈わたしは幸せなのだから〉、だからあなたも私を忘れて幸せになってほしいという願いに感じます。私は昨年大切な母を失いました・・。90歳まで生きたのだから本望でしょう、と言う人もいますが、90歳も生き抜いた母を大切にできなかった悔しさと後悔だらけです・・。病気で苦しんで、とても不幸な母だったと思います。残された私は悲しくて泣いてばかりいました・・。(中略)でも、母はきっと幸せだったのだと思えるようになりました」

 

35歳の女性からの手紙です。

「わたしの娘は知恵といいます。まだ小学生なのに癌を患い入院しました。子どもでも癌になるのですね。入院中に知恵は『お母さん、病気が治って大きくなったらお母さんを食べさせてあげるね・・だから、ごめんね・・』と笑顔で話しかけてくれて、どちらが病人なのだかわからないくらい励まされました。わたしが病院に行くたびに笑顔で迎えてくれましたが、きっと辛かったに違いないと思います。でも、わたしを残してこの世を去ってしまいました。知恵は最後の最後まで笑顔でした。わたしは神様を恨みました。どうしてわたしでなく娘が先に逝かねばならないのか・・。あれから数年経った今も、どうしても忘れる事ができません。毎月、命日の5日にはお墓参りします。それがわたしのできる唯一の慰めです。いまだに涙が止まりません・・。(中略)このロセッティの詩を見た時、ある日、知恵が「おかあさん、わたしが死んでも絶対に、絶対に悲しまないでね・・」と言った事を思い出しました。そうでした、わたしは知恵と約束していたはずでした。このロセッティの詩と知恵が重なり、〈あなたは幸せなのね〉と感じる事ができました。知恵へのお返しは、わたしがいつも笑顔でいること、いつも微笑みを忘れないこと。そして〈幸せになること〉だと信じられるようになりました。でもね、知恵、あなたの事は絶対に忘れませんよ・・」

 

わたしたちは皆、幸せなのだから・・。

 

 

©Social YES Research Institute / CouCou

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